遠距離恋愛で結婚し、そのまま広島と東京で別居結婚を続けていた2人(Cozy & R21)がつれづれなるままを記してます。現代版通い夫(妻)か!? 08年9月に男児が誕生。最近は育児ブログになりつつあるかも?!


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宮城旅行その3〜R21

家族3人での宮城旅行。
肝心のボランティアについてです。

初日、南三陸町のボランティアセンターに出向いた私たち。
受付で、やっぱり言われました、「子どもさんがおられたら難しいですね」と。


そりゃあケガしても責任持てないだろうし、足手まといになるのも目に見えている。
高校生以上に限定しているボランティアセンターもたくさんある。
うん、わかるよ、わかる。理解できます。
でも…なんかどっか割り切れなくて。



ま、ワタシとちぃはセンター周辺でぶらぶらするか、
どっかドライブに出掛けるのでもいいかなぁ…と考えつつ、
Cozyが派遣されることになった、戸倉漁港での作業概要の説明を一緒に聞いていると、
「座ってゆっくりできる作業ですから」との話。小袋に砂利を詰める作業があるらしい。


よっしゃぁぁぁ!! 


c0152305_11504312.jpgダメ元で、「座ってできる作業なんですよね。息子と一緒に参加させてください。何かあれば責任は持ちますから」と、現場スタッフのおにーちゃんに掛け合うと、
すんなりと「あ、いぃですよ」との返事。
現場まで各自の車で移動、という便利さもあり、3人で行っちゃいました。



c0152305_11452551.jpg実際、8センチ×30センチほどの袋に砂利を詰める作業という簡単な作業。
ワカメを養殖する時に、重しに使うそうでして。
ちぃは砂利の山で終始遊んでましたが、邪魔するわけでもなく
漁協のおじちゃんに愛想振りまいて、キャラメルもらって、
ぜ〜んぜん大丈夫でした☆ありがたいことです。

漁協のおじちゃんと話していて、
「広島から来ました」と言うと、途端にカキの話に!
「宮城も広島もカキがうめぇよなぁ」と。
おじちゃんによると、宮城のカキは生食用で
広島のカキは加熱用、とのこと。
これって、築地市場に並んでる光景、ってことかしら?!
広島でも地元ではカキを生で食べますよ~って言っておきました☆


c0152305_11455191.jpg海を見ながらの昼食。
フランス・マルセイユから来ていたボランティアのおにーちゃんに
「イチバン小さいボランティアね~」って写真撮られてましたよ、ちぃ。



午後からの、カキいかだのブイを移動させる作業では、
別のスタッフから、出て行くよういわれました…。





c0152305_11492138.jpg作業を続けたがるちぃを車まで連れ帰り、
広島から連れてきていたクマの父さんと岸壁で遊びました。



そして夕方には、南三陸町のボランティアセンターから携帯に電話がかかってきて
やはり、子ども連れでは無理です、と宣告されました…。

でも1日だけでも、貴重な体験になったと思います。
ちぃも「石拾ったねぇ」って今でも話しますし、
ボランティアって言葉も、地震や津波って言葉も分かるようになりました。
たーくさん積み上げてある車を見て「津波で壊れたん?」って言ってました。





ワガママ親子でしたが、感謝してます。
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by R14P_R21 | 2011-11-17 23:32

宮城旅行その2〜R21

9月末に訪れた宮城。Cozyの弟家族に会うのに加え、微力ながらもボランティアしよう、と家族3人で旅立ちました。

河北新報のHPで、個人でも受け入れてくれるという、南三陸町のボランティアセンターへ行ってみることにしました。義弟家族の家から一番近い石巻市は、5〜20人の団体のみ可って感じだったんで…。

義弟家の車を借り、朝6時半に出発して2時間近くのドライブで到着した南三陸町。民家のがれきは多くが取り除かれ、山のように積まれていました。しかし、鉄筋コンクリートで津波に壊されなかった建物は、まだそのままの姿をとどめていました。


町内の中心部にあり、町で唯一の病院だった志津川病院は、海岸から約400メートルのところにありました。4階(15〜16メートル)まで津波に襲われ、患者さんや看護師さんら70人以上が犠牲になったそうです(詳細はコチラ)。
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志津川病院から国道を隔てて向かいにあった志津川郵便局です。
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志津川病院から200メートルほど西に行ったところにあった南三陸警察署は、屋上まで津波が押し寄せ、全壊となりました。殉職された警察官もおられたそうです。
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戸倉小学校の校舎も津波で水没しました。左に骨組みだけ見えるのは体育館です。子どもたちは通常、避難場所にしていた高台よりもさらに上の神社の境内に逃げたおかげで助かったそうです(詳細はコチラ)。今は西隣の登米市にある、廃校になった小学校跡で学校を再開しています。
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今回の旅で、何よりもの収穫は、震災を自身の問題として身近に感じられるようになったこと。


志津川病院や戸倉小学校などサイトを見て、あの時の様子を、他人事でなく想像できるようになりました。
そして、南三陸町だけでなく、町から南にある石巻市や女川町、北にある気仙沼市など実際に車で訪れたこともあり、テレビや新聞で現地のニュースを目にすると、ともに一喜一憂するようになりました。


決して物見遊山ではなく、現地に出向く、足を運ぶ大切さを実感した旅でした。




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by R14P_R21 | 2011-11-03 00:19